恐怖が記憶に与える影響と「凶器注目効果」
強い恐怖を感じるような出来事が発生すると、記憶力が低下することがあります。特に、強盗事件などの突然の衝撃的な状況では、恐怖や驚きといった感情が強く作用し、その結果として「凶器注目効果」と呼ばれる現象が起こります。この現象では、目の前にある凶器に強く注意が引き寄せられ、その結果、犯人の顔や服装といった重要な背景情報が十分に認識できず、記憶にも残りにくくなるのです。
なぜこのようなことが起こるのかには、二つの主な理論があります。一つは、恐怖や驚きといった感情が視覚的な注意を狭め、特定の対象にのみ集中させてしまうというものです。感情が強く作用する場合、記憶を担う脳の海馬だけではなく、左右の脳に存在する偏桃体などの情動を司る脳の回路も関わってきます。こうした情動の影響により、注意の範囲が限定され、周囲の情報に気づくことが難しくなります。
もう一つの説は、異常な状況では注意が異常な物に引き寄せられるというものです。例えば、普段の生活の中では、台所に包丁が置いてあっても特に違和感は感じません。しかし、寝室に包丁があると、それは非常に異常で危険な状態として認識され、自然とその包丁に目が引き寄せられます。このように、異常事態に直面した場合、視覚的な注意が危険な対象に集中し、他の重要な情報が無視されることになります。
さらに、記憶力に関する重要な研究結果もあります。1987年に行われた実験では、80人の参加者にレストランでの強盗事件の写真をスライドで見せ、その後に登場人物を識別するテストを行いました。通常の状況では、正解率は8.5%程度でしたが、犯人が「小切手」を持っている場合、35%が正しく識別でき、逆に犯人が「拳銃」を持っている場合には正答率が15%にまで低下しました。この実験結果は、拳銃という凶器に目が引き寄せられることで、犯人の顔に対する注意が不足し、顔の識別が困難になることを示しています。
このように、強い恐怖や驚きといった感情は、私たちの記憶に深刻な影響を与えることがあります。特に危険な状況では、視覚的注意が特定の対象に集中し、重要な情報を見逃してしまう可能性が高くなるのです。この現象は、危機的な状況下での目撃証言がしばしば不正確である理由の一つを説明しています。
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