言語隠ぺい効果

顔の記憶には、顔全体の構造(目や鼻の位置関係)を覚えることと、それぞれのパーツの特徴(目の大きさや鼻の形)を記憶することの二つの処理が関わっています。この二つの情報を組み合わせることで、私たちは顔を認識しやすくなると考えられています。さらに、言葉を使って顔を特徴づけることが記憶を助けると思われがちですが、実際にはその逆の結果が生じることがあります。

1990年にアメリカで行われた実験で、実験参加者はまず強盗が登場する動画を視聴します。その後、強盗の顔の特徴を言葉で説明してもらうと、後で8枚の顔写真から強盗の顔を正しく識別できたのは38%にとどまりました。一方で、顔の特徴を言葉にしなかったグループでは64%が正解したのです。この結果から、顔を言葉で特徴づけることが、実際の顔認識には逆効果をもたらすことがわかりました。

言葉で特徴を述べることは、個々の顔のパーツに注目させる一方で、実際に顔を写真で見るときには全体的な印象が主な判断基準となるため、このズレが記憶の誤りを引き起こすのです。この現象は「言語隠蔽効果」と呼ばれています。

また、言語化の影響は顔の記憶だけでなく、他の感覚的な記憶にも関わります。例えば、ワインの味や香りを言葉で表現するソムリエのような専門家が、ワインの記憶をどう扱うかについても興味深い実験が行われました。

1996年に行われた実験では、参加者は上級者、中級者、初心者の3つのグループに分けられ、各グループが飲んだ赤ワインの味や香りについて言葉で記述したり、しなかったりした後、そのワインを4種類の中から再び選ぶという課題が与えられました。結果として、上級者は言葉で表現してもしなくても、ワインを正しく選ぶ能力に差はありませんでした。一方で、初心者グループは、ワインの特徴を言葉で表現した方が、正しく選ぶ確率が高くなりました。ところが、中級者グループは逆に、言葉で書き出すことで正解の確率が低くなるという「言語隠蔽効果」が現れました。

この結果から、専門的な知識がある程度ある人々にとっては、言葉で記録することがかえって記憶に混乱をもたらし、正確な判断を妨げることがあるということがわかります。逆に、知識が浅い初心者にとっては、言語化が記憶の助けとなる場合があるのです。

心理学

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