多くの組織において、社内コミュニケーション(人と人が互いの考えや気持ちを伝え合い、意思疎通を図る行為)の課題は慢性的なものとなっている。報告・連絡・相談の不足、縦割りの関係性、遠慮による意見表明の控え、部署間の温度差。こうした現象は、単なる会話の頻度の問題ではなく、相互理解を基盤とする信頼関係の構築に失敗していることを意味する。
業務効率化の名のもとに、定例会議は削減され、チャットツールが導入された。オンラインミーティングが増え、物理的な距離も縮まったはずである。だが、むしろ「話す機会が減った」と感じている従業員は少なくない。これは、手段の高度化が本質的な対話を代替できなかったことを示している。
社内コミュニケーションの質を左右するのは、情報の「量」ではなく「意味の共有」である。言葉の背景にある意図や感情まで伝わらなければ、いくら情報が行き交っても相互理解は成立しない。すれ違いや誤解が重なれば、やがて発言自体を控える空気が生まれ、沈黙が日常となる。
この問題の根底には、非認知能力、すなわち感情の知性の不足がある。相手の表情や言葉の間合いを読み取る力、自分の思考や気持ちを適切に表現する力が低下していれば、どんなに制度やツールを整備しても、コミュニケーションは成立しない。逆に言えば、相手の感情に対して配慮できる力があれば、多少の言葉足らずも補完し合う関係が築かれる。
たとえば、相手が言いためらったときに「続きを話せる空気」があるかどうか。ミスが起きたときに責めるよりも「背景に何があったか」に耳を傾ける姿勢があるかどうか。これらはすべて、感情的な安全性を確保する土壌として機能する。そしてそれは、組織の風土に深く根ざしている。
社内コミュニケーションの崩壊は、業務の遅延や人間関係の悪化にとどまらない。最終的には従業員の離職やメンタル不調を招く。誰もが安心して声を上げられる職場とは、単なる「仲良し組織」ではなく、違いを受け入れ、対話によって納得を積み重ねられる文化を持った組織である。
では、何から着手すべきか。まず重要なのは、「対話」の再定義である。ただの雑談や報告の応酬ではなく、互いの背景や価値観を共有しようとする会話を増やすことが鍵となる。また、意見が通らなかったときの感情や戸惑いを受け止められる場づくりも必要である。
さらに、コミュニケーション不全の原因を「性格」や「個人差」に還元しない姿勢も求められる。多くの場合、それは個人の問題ではなく、話す場がない、聞かれる経験がないといった環境の設計ミスである。人は話すことに慣れておらず、聞かれることに不安を持っている。それを前提に、少しずつ関係を整えていく視点が重要である。
組織は生き物である。人と人との感情の往来が止まれば、表面上は機能していても、内側は静かに崩れていく。だからこそ、社内コミュニケーションの強化は業務改善ではなく、人間関係の再構築という視点で捉えるべきである。