人が何かに取り組むとき、その動機は大きく分けて外発的動機づけと内発的動機づけに分類される。外発的報酬とは、その名のとおり外から与えられる報酬、つまり金銭、賞賛、評価、地位といった「外的刺激」によって人を動かす仕組みである。企業における人事制度や業績評価制度の多くが、この原理に基づいて設計されている。一定の成果を出せば報酬が得られるという明確な構造は、短期的なモチベーションを生みやすく、行動を促す即効性がある点で非常に効果的である。
この外発的報酬の最大のメリットは、「何をすればよいか」を具体的に示せる点である。数字で評価される目標が設定されている場合、その達成に向けてエネルギーが集中しやすく、組織全体に推進力が生まれる。営業や生産性向上といった成果主義の場面では、極めて合理的な方法とされてきた。
しかし、その有効性は永続的ではない。報酬が行動の唯一の動機となった場合、それが消えた瞬間にやる気も同時に消失する。これは心理的な気分の問題ではなく、脳と身体の仕組みに基づく現象である。人が報酬を得ると、脳内ではドーパミンが分泌され、快感や期待感が発生する。これはいわば「報酬中毒」のような状態を作り出し、繰り返しの刺激を求める習慣へとつながる。しかし報酬が得られなかった場合、脳は期待を裏切られたと認知し、意欲の低下、無力感、場合によっては怒りや諦めといった感情が生じる。
このとき重要なのは、それが精神論では解決できないという点である。どれだけ「がんばれ」「やる気を出せ」と言われても、神経伝達物質の作用や自律神経のバランスが崩れている状態では、本人の意思だけで立て直すことは困難である。特に、日常的に成果主義や報酬依存の強い職場環境に置かれている場合、従業員は自分でも気づかぬうちに「報酬がなければ動かない」状態に陥っていることが多い。これは管理者や経営者にとっても同様である。
また、報酬の存在が“成果を出すことこそ価値である”という誤ったメッセージを発信し続けてしまうと、人は徐々に自分の内発的な動機、つまり「やってみたい」「成長したい」「意味を感じる」といった感情を見失ってしまう。これはやがて創造性の低下、心理的安全性の欠如、組織文化の硬直化へとつながっていく。
こうした外発的報酬依存から抜け出すには、まず自社の人事制度や評価体系、さらには普段のコミュニケーションの中で、どれだけ「報酬で動かす文化」が根付いているかを把握することが重要である。例えば、「頑張ったらご褒美がある」「結果を出さないと何も評価されない」という言葉が日常的に交わされていないだろうか。また、上司と部下の関係が、成果をめぐる緊張感で支配されてはいないだろうか。
報酬を与えることそのものが悪いのではない。問題は、それが唯一の動機づけ手段になっている場合である。外発的報酬に加え、自律性や成長感、貢献感といった内発的な動機がバランスよく設計されてこそ、人は持続的に前向きに働くことができる。組織にとっても、そこに初めて「強くてしなやかな人材」が育つ土壌が生まれるのである。