組織風土とは、日々の業務や人間関係の中で無意識に育まれていく職場の空気である。それは文書化された制度やマニュアルでは捉えきれないものの、確かに存在し、多くの人が言葉にせずとも感じ取っている“雰囲気”として顕在化します。
たとえば、誰がどこまで発言してよいか、失敗に対する反応、上司と部下の距離感といった細部に、風土の質は如実に現れる。
近年、多くの組織が直面する「人材の定着率低下」「挑戦しない文化」「経営と現場の分断」といった課題の根底には、制度や評価以上に、この風土のあり方が深く関係していることが指摘されている。にもかかわらず、組織風土の改善は難しい。なぜなら、風土は可視化しにくく、測定が難しく、明確なKPIが設定できないからである。その結果として、表面的な制度改革や研修で「変えたつもり」になってしまうケースが後を絶たない。蛇足になるが、「変えたつもり」を演出し、高額な報酬を請求するコンサルティングファームも珍しくない。制度やスローガンの刷新を“成果”と見せかけ、本質的な変化に向き合わないまま、現場を置き去りにしてしまう事例も散見される。
もちろん、制度は枠組みをつくるものであり、それ自体が悪いわけではない。しかし、その制度をどう使うか、どう運用するかを決めるのは、常に“人”である。そして、その人のふるまいは、思考の癖や感情の習慣に大きく左右される。つまり、組織風土を根本的に変えるには、人の感情や態度、相互の関係性を支える「非認知能力」に着目することが不可欠である。
非認知能力とは、共感力、自己理解、自己制御、対人関係能力、柔軟性、動機づけなど、数値化しづらくも人のふるまいを形づくる基盤となる力である。これらは知識やスキルとは異なり、感情に働きかけるアプローチによって徐々に育まれる。たとえば、「発言しづらい職場」の根本には、過去に否定された経験、権威的な態度、常に張り詰めた緊張感など、感情レベルの問題が横たわっている。そこに必要なのは、心理的安全性を高める土壌であり、その基礎になるのが非認知能力の涵養である。
また、変化に対する抵抗感、主体性の欠如、責任回避なども、単なる能力の問題ではない。過去の失敗体験や他者との信頼関係の欠如、自己効力感の低さといった、心理的な背景が動因となっていることが多い。こうした行動パターンを変えるには、論理や命令ではなく、自分自身の感情を理解し、他者との関係性を見直す“内面からの変化”が求められる。
制度改革は即効性があり、外形的な変化を生むことはできる。しかし、本当の意味で「空気を変える」ためには、日常のふるまいを変えるしかない。非認知能力は、まさにその“ふるまい”の質を決定づける。視線の配り方、沈黙の扱い、言葉の選び方といった一つひとつが、感情的な土壌の上に成り立っているからである。
非認知能力の開発は、万能薬ではない。だが、人が人としてよりよく関わり合うための力を養うという意味では、これ以上に確かな選択肢は今のところ存在しない。制度と感情、仕組みと関係性の両輪がそろって初めて、組織は本質的な変化へと向かうことができる。
言い切るには少し慎重を要するが、それでも確信をもって言えるのは、組織風土の変革において、非認知能力の育成以上に本質に迫る手段はほかにない、ということである。