現代において、多くの組織は、広範囲に影響力がある者も含め、マネジメントの本質が変化していることに気づいていない、あるいは気づいていても、その状況への対応が進んでいない可能性がある。コンプライアンス違反やハラスメントの問題、職場内の摩擦や離職の増加といった数々の組織課題の根底には、「マネジメントとは何か」を誤って捉えているという本質的な誤解が存在している。この問題は、企業や行政組織だけでなく、多くのマネジメント研修やコンサルティングを行う支援事業者にさえ共通している。すなわち、「マネジメント=計画や管理、指示命令」であるという、理解が組織全体に蔓延している可能性がある。
本来、マネジメントとは、人やチーム、組織を目的に向かって導く行為である。確かにこれまでのマネジメントは、予算配分、業務進捗の管理、品質の管理、人員配置といった「管理業務」が中心であった。これらはルール化されやすく、仕組みとして設計・運用できるものであるため、マネージャーの職務として大きな組織、中小の組織においても定着してきた。
しかし、現在その大部分はAIによって代替が進んでいる。スケジューリング、進捗分析、労務管理、品質管理、KPI達成の追跡といった管理領域は、すでに多くの企業で自動化が、大きな組織から先行して進行している。こうした背景において、旧来型の「マネジメント=管理」の発想では、人が果たすべき役割は急速に縮小している。
では、これからのマネジメントとは何か。それは、「人の気持ちを扱う範囲」が広くなり、さらに深くなったことである。いまさらの話ではあるが、プロジェクトがうまくいくかどうか、チームが活性化するかどうか、メンバーが自発的に動くかどうかは、すべて「気持ち」が鍵を握っている。やるか、やらないか。本気で取り組むか、形式的に従うか。その違いを生むのは、論理や構造ではなく、感情や納得感、共感といった非認知領域の正しい発揮にかかっている。
この新しいマネジメントを象徴する役職として「Chief Emotional Officer(チーフ・エモーショナル・オフィサー)」という役職を位置付けている組織が存在している。これは、組織や部署、顧客やステークホルダーに流れる「気分」「感情」「雰囲気」といった見えにくい空気を捉え、意図的にマネジメントしていく役割である。従来のように、数字を見て現状を判断するだけでは足りない。人の気持ちを読む力、適切な強さと深さを保つ共感力、つまり感情知能(Emotional Intelligence)に裏打ちされた判断が必要となる。このCEOのマネジメントが機能している組織は、活力に溢れ、チームの信頼関係は高く、顧客満足がつながり、事業は安定して成長している。
マネジメントの基本は、「人がどんな気持ちでその場にいるか」を読み取り、整えることである。不満を抱えたまま、納得していないまま、ただ形式的に指示に従うメンバーで構成されたチームは、見た目には動いていても、その中身は空洞化している。こうした状況が積み重なると、チームは崩れ、組織全体のエネルギーが失われていく。成果は上がらず、離職者が増え、信頼関係も崩壊する。これらはすべて、マネジメントの本質が「人の気持ちを扱うこと」にあると理解できていないことによる、構造的な結果である。
感情を扱うマネジメントには、非認知能力が欠かせない。自分の感情を理解し、他者の感情を察し、状況に応じた適切な関係を築く力。これらは、学校教育や経験年数では測れない内面的な成熟である。Daniel Golemanは、感情知能(EQ)が高いリーダーは、自己認識・自己制御・共感・動機づけ・人間関係管理といったスキルに優れ、チームの成果と心理的安全性の両立に貢献していると指摘している。
とはいえ、感情を扱うマネジメントは簡単ではない。人の気持ちは常に変化し、環境や立場によって揺れ動く。一つの指示や発言が思わぬ摩擦や誤解を生むこともある。こうした複雑な状況において、マネージャー自身がまず自分の感情に気づき、客観的に振り返ることが求められる。それは「内省」という行為であり、自らの感情と行動のパターンを理解することから始まる。内省を通じて自分を調整できる人だけが、他者の気持ちに寄り添い、適切に導くことができる。
このような感情マネジメントの力は、決して研修一回で身につくものではない。継続的な学習と振り返り、そして信頼を築く現場での実践の中でしか育たない。だからこそ、「マネジメント支援」を標榜する事業者自身が、まずこの領域を深く理解し、感情に向き合う構造と風土づくりを支援できなければならない。さもなければ、支援が表層的な技法指導に終わり、真の成果にはつながらない。
マネジメントとは、ただ人や業務を管理することではない。人の気持ちを動かし、組織のエネルギーを高める、支えることである。そのためには、DXやAIだけでは実現不可能な領域にこそ人が介在し、消費者、従業員、組織の心を読み、心に届く言葉と態度を持って関わる必要がある。