組織課題

優秀な人材が去る本当の理由は、数字ではなく感情にある

「突然、あの人が辞めた」という報告を受けた経験は、多くの管理職や人事担当者にとって珍しいことではない。特に、成績も良く人間関係にも問題がなさそうだった社員であれば、その離職は予測困難であり、対処も困難を極める。いわゆる「優秀な人材」が、目立った不満を口にすることもなく、静かに会社を去っていく現象は、今や多くの企業に共通する課題となっている。

厚生労働省の令和4年版「雇用動向調査」によれば、20代後半から30代の働き盛りの層において「より良い条件の会社を求めて」離職する割合が増加傾向にある。企業はこれを待遇やキャリアパス、成長環境といった構造的要因に帰結しがちである。しかし実際には、これらの表面上の理由の奥に、言語化されない“感情の綻び”が存在することが多い。

優秀な人ほど冷静に状況を見極め、自分の中で結論を出し、静かに行動に移す。その過程では「がっかり」や「諦め」がじわじわと蓄積されていることが多く、結果として退職の決断に至る。これは、会社が何かをしたからというよりも、むしろ「会社が何もしなかった」ことによる静かな失望が原因であることが多い。

たとえば、日々努力を重ね、改善提案なども行っていた社員がいたとする。その取り組みに対し、上司や組織が無関心だった場合、本人は不満を声に出すことなく、自分の中で「この組織には期待できない」と結論づけてしまうことがある。そして、ある日突然、退職の意志を伝える。

離職理由アンケートには「キャリアアップ」「高い報酬」「新しい挑戦」などの前向きな理由が並ぶが、実際には「もっと話を聞いてほしかった」「努力を認めてほしかった」といった内面的な感情が影に隠れている。

米ギャラップ社の調査によれば、離職者の約75%が「直属の上司との関係」に起因して職を離れている。これは、制度や給与といった条件面では説明しきれない「人間関係」や「感情の結びつき」が、離職に大きく影響していることを物語っている。

こうした離職を防ぐために、組織や上司、あるいは同僚が果たすべき役割として、まず挙げられるのは「相手を気にかける姿勢」である。日々の業務の中で、相手がどんな気持ちで仕事に向き合っているかを想像し、必要なときに声をかける。そうしたシンプルな関心が、孤独や無力感を和らげることがある。

また、感情には共鳴性がある。上司が感情を押し殺す職場では、部下も安心して感情を表現できない。逆に、感情のやりとりが許容される職場では、信頼関係が育ちやすく、離職の要因となる小さな違和感を吸収する力が働く。

非認知能力、すなわち自己認識力、共感力、対話力といった力は、そうした場面で大きな効果を発揮する。上司が自己認識力を持っていれば、自分のふるまいが部下にどう映っているかを理解できる。共感力があれば、部下の沈黙や態度の変化を敏感に察知できる。対話力があれば、一方的に指示や評価を押し付けるのではなく、双方向の関係を築くことが可能になる。

離職の決断は突発的なものではない。日々の感情の積み重ねが「もういいかな」という結論に至るだけの話である。だからこそ、組織として、上司として、同僚として、何ができたかを振り返ることは、未来の人材流出を防ぐための重要な一歩となる。

人は、自分が大切にされていると感じる場所を簡単には離れない。だからこそ、優秀な人材がどのような感情の流れの中で離職を決めたのかを、定量的なデータだけでなく、定性的な感情の視点から捉え直す必要がある。そこにこそ、今後の離職防止に向けた本質的なヒントがあるのではないかと考える。

出典:Gallup, “State of the American Manager: Analytics and Advice for Leaders” (2015)

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