多くの企業が「人材育成」を掲げているが、実際には「研修を実施して終わり」「制度を整えても変化が見えない」といった声が後を絶たない。
成長機会を与えているはずなのに、人が育たない。その原因は、学びの質でもなければ、教える側のスキル不足でもない。見落とされがちなのは、見落とされがちなのは、“関係性の質”と“学ぶという気持ちの温度”である。
研修やOJTといった形式的な教育制度が整っていても、それが実際の「行動変容」や「実践力の向上」に結びつくとは限らない。人は、安心できる環境の中でこそ自らを開き、本気で学ぼうとするものであり、その前提となるのが「心理的安全性」である。心理的に安全な場が確保されていなければ、どれほど優れたカリキュラムを用意しても、その内容が現場に定着することは難しい。
さらに、人材育成が「特定の担当者の責任」として限定されている職場では、育成の成果が出にくい傾向がある。人が人を育てるためには、組織全体が“育成する文化”を持つことが不可欠である。育成が自然と行われている職場には共通して、「声をかける」「挑戦させる」「ともに振り返る」といった対話の習慣が根づいている。一方で、「誰が指導するか曖昧」「見守る姿勢がない」「成果ばかりを急ぐ」といった職場では、学びの循環が途切れ、育成は形骸化してしまう。
こうした環境の違いは、若手社員の離職理由にも直結しており、「育てられていない」「成長実感がない」といった不満が、早期離職の大きな要因となっているのが現状である。
もう一つの見逃せない要素が「非認知能力」への無理解である。近年の教育・心理学では、思考力や創造力、共感力、自己調整力といった“非認知能力”が成長の土台になるとされている。しかし日本の職場では、依然として「知識」「手順」「効率」に偏った育成が主流であり、その結果「自走できる人材」が育たないのである。
感情知能(EQ)も、非認知能力の重要な一要素である。自分の感情を理解し、他者の反応に気づき、関係性を調整できる能力は、チームで働くうえで不可欠である。実際にSix Secondsの研究でも、EQスコアの高い社員は学習意欲が高く、他者との協働に長けていることが示されている。人を育てるためには、知識だけでなく“感情を扱う力”が必要なのである。
育成が進まない職場では、教えたことが現場で再現されない、失敗を責められる風土がある、上司が学びを支援していないといった問題が同時に起きている。これらは、制度ではなく“空気”の問題である。よって改善には、対話の頻度を増やす、上司がロールモデルとなる、成果だけでなく成長を評価するといった文化づくりが求められる。
結局のところ、人材育成は制度だけでは進まない。人と人との間にどれだけ信頼があるか、学ぶことが“安心できる行動”になっているか。それを問わなければ、どれだけ多くの予算や時間を投じても、変化は表面的にとどまる。人が育つ職場には、感情が共有され、挑戦を支える関係性が存在する。そこにこそ、持続的な人材開発の鍵があるのである。