企業や組織におけるガバナンスとは、意思決定の枠組みや監視体制を指す。しかし、それが崩壊する理由は単なる制度の欠陥ではなく、ガバナンスが「不全」と化す根本には人間の心理と行動が深く関与している。制度を整え、ルールを強化しても、ガバナンスは自動的には機能しない。それを阻むのは、個々の無自覚な判断や集団心理、責任回避といった非認知的要因である。認知的要因でないことは、多くのガバナンスが崩壊した組織の幹部メンバーのが高学歴であることを見れば明らかである。
まず、代表的な問題の一つが「エージェンシー問題」である。これは、所有者(株主)と経営者(代理人)の利害が食い違う構造的問題であり、特に経営者が自らの立場を守ろうとする自己保身的な行動が、結果としてガバナンスのずれを生む。たとえば、自らに都合の良い情報だけを取捨選択し監視をかいくぐるような状況が生じる。
また、「Groupthink(集団思考)」という心理現象によって、監視機能が形骸化することもある。心理的な同調圧力は、役職者たちが異議を唱えることを躊躇わせ、重大なリスクの検討が後回しになる。日本だけでなく、世界的にも有名な事例として、エンロンやボーイングの事例があるが、内部でも異議が上がらずに重大な失政が見過ごされていた。
さらに、「Tone at the Top(トップの姿勢)」が欠如している場合、組織文化全体が倫理よりも業績や短期利益を優先する方向に傾く。取締役会や経営陣が倫理よりも利益追求に傾倒すると、ルール違反が黙認されやすくなり、ガバナンスは形骸化する※1。
これらの構造的欠陥に対して、制度やルールを強化するだけでは解決できない理由は一つである。それは、人間の無意識的な思考・感情の働きが原動力となっているからである。ルールを明文化しても、人は無意識に自己正当化を行い、集団的な意思決定では「空気を読む」傾向を持ち、指示に従いやすくなる。そして、その結果、ガバナンスの本質的な意図が屡々見えなくなる。
論文『Corporate Governance and Corporate Failure』では、ガバナンスの変数(取締役会の構成・外部取締役の数・CEOとの兼務など)と企業の破綻には相関関係が見られるが、重要なのは監視機能が「実効的に機能するか」であると指摘されている※2。形式的な仕組みがあっても、実質的な行動や意思決定プロセスが変わらなければ、ガバナンスは機能しない。
ガバナンス崩壊を防ぐためには、知識や制度だけでなく、非認知能力による自己認識と集団の心理理解が鍵となる。まず経営層が自らの利害関係やバイアスに気づくこと。次に、組織の中で異議や批判が出やすい文化を育て、「声を上げられる」土壌を整えること。さらに、内部統制や監査機能を形骸化させないために、トップからの継続的な倫理の姿勢と「異質な視点の尊重」が不可欠である。
ガバナンスは制度ではなく「文化」であると言われる所以はまさにここにある。人間の無意識の心理が制度の実効性を支え、また壊す。どれだけ情報開示やルールが整備されても、その背後にある無意識の働きを無視すれば、ガバナンスはやがて不全化し、崩壊へと向かう。だからこそ、組織は人の行動と心理に敏感であり、反省と対話を文化として持つ必要がある。
参考
※1
https://www.marketwatch.com/story/boeing-is-paralyzed-and-this-failing-by-its-executives-and-directors-is-to-blame-18effdd4
https://en.wikipedia.org/wiki/Tone_at_the_top
※2 https://www.researchgate.net/publication/27814940_Corporate_Governance_and_Corporate_Failure