組織課題

ハラスメント対策に、非認知能力が求められる理由

職場におけるハラスメントの問題は、今や企業にとって回避すべきリスクではなく、向き合うべき経営課題の一つである。制度や規定を整えるだけでは十分とは言えず、根本的な予防や再発防止に至るには、人間の「ふるまい」そのものを見つめ直す必要がある。その鍵となるのが、「非認知能力」と呼ばれる領域である。

非認知能力とは、テストの点数や論理的思考といった“見える力”とは異なり、感情のコントロール、自己理解、他者への共感、対人関係の構築といった“見えにくいが人間行動の根幹をなす力”である。多くのハラスメントは、こうした力の未成熟や偏りによって生じる側面があるにもかかわらず、従来の対策ではこの領域に十分踏み込めていなかった。

職場で発生するハラスメントの多くは、「そんなつもりはなかった」「冗談のつもりだった」という加害者側の言葉に象徴される。これらは、自らの言動に対する認識の欠如、相手への想像力の不足を端的に示すものであり、自身の感情や反応を把握する力、相手の受け取り方を想定する力が欠けていることを意味する。したがって、ハラスメントの未然防止には、自分の状態を客観的に把握し、相手の立場を想像する力が不可欠である。

なかでも、「自己認識力」「共感力」「感情の自己制御力」は、非認知能力の中でもとりわけ重要な要素である。人は誰しも、ストレス、不安、焦りといった感情に突き動かされ、意図せず強い言動を取ることがある。しかし、自らの感情を把握する能力を持てば、そうした反応を抑制する選択が可能となる。また、相手の反応に過剰に反応したり、自らの正しさのみを主張する姿勢は、職場の人間関係に深刻な影響を与える。非認知能力は、そうした衝突の芽に気づき、健全で建設的な関係性を築くための土台となる力でもある。

また、ハラスメント対策においては、第三者の関与も重要である。目の前で不適切な言動があっても、多くの人が見て見ぬふりをする、あるいは「余計なことに関わらないほうがよい」と判断して沈黙してしまう。だがその沈黙こそがハラスメントを温存させ、被害者の孤立を深める原因となる。非認知能力によって育まれる他者への感受性や、穏やかに意見を伝える技術、状況を言語化する力は、加害を抑止するだけでなく、周囲が関与しやすい空気を生み出す点で極めて有効である。

このような人間的素養の育成において注目されているのが、「感情知能(Emotional Intelligence)」という概念である。感情知能とは、自己および他者の感情を認識し、理解し、調整し、活用する力であり、非認知能力の中心的な要素でもある。この能力は教育や訓練を通じて開発可能であり、企業や教育現場での導入が進んでいる。感情知能を職場に根付かせることにより、ハラスメントの予防にとどまらず、リーダーシップの向上やチームの信頼構築といった副次的効果も期待できる。

ハラスメント対策は、もはや「してはいけないことを知る」段階から、「なぜそれが起きるのかを理解し、自らの言動を変える」段階へと進化すべき局面にある。そのためには、知識やルールの教育のみならず、自らの感情と向き合い、他者との違いを認識し、より良い関係を築こうとする力を組織全体で育てる必要がある。非認知能力の開発は、まさにこの“気づき”と“行動の変化”を生み出すための実践的アプローチであり、職場文化の変革を促す鍵といえる。

いかに制度が整備されていようとも、職場に漂う空気が変わらなければ、人は安心して働くことはできない。非認知能力の育成は、制度の網を補完するだけでなく、組織風土そのものを穏やかで健全なものへと導く力を備えている。ハラスメントのない職場とは、個々の感情が尊重され、信頼に基づいた関係性が支えられている環境の延長線上に存在する。その実現に向けて、非認知能力を高めることは、決して付加的な選択肢ではなく、今、組織が取り組むべき本質的で不可欠な解決策なのである。

改善可能な研修・セミナー



貴社の課題や構想に合わせたご提案が可能です。

お気軽にご相談ください。

今すぐお問い合わせ

関連記事

TOP