組織課題

“自分で動けない職場”が生まれる理由と、その乗り越え方

ある企業で、新入社員がある日こう漏らした。「言われてないことは、やらない方がいい気がするんです」。隣にいた先輩社員もうなずきながら、「余計なことして怒られるくらいなら、指示があるまで待つよ」と笑った。職場でこうした会話を聞いたことがある人も少なくないのではないだろうか。
職場における「主体性の欠如」は、決して個人の性格や姿勢だけで説明できるものではない。むしろそれは、組織文化やマネジメントのあり方、そして日々の関係性の中から静かに、確実に醸成されていくものだ。

心理学では、こうした“自分で考えて動く力”のことを「自律性」と呼ぶ。自己決定理論(Self-Determination Theory,SDT)によれば、人が自ら動こうとするには、「自分で選べているという感覚」「やってみようと思える環境」「人とつながっている実感」の3つが必要だという。つまり、上司がいくら「もっと積極的に動け」と言ったとしても、本人が安心して動ける土台がなければ、その言葉はプレッシャーとして受け取られるだけである。
とりわけ大きいのが、心理的安全性の有無だ。Googleが社内で実施したプロジェクト・アリストテレスでも、「心理的に安全なチーム」であることが、高い成果を上げる組織の共通項として最も強く示されている。失敗しても叱責されない、意見を言っても否定されない、そんな空気があるからこそ、人は自分の考えを持ち、動き出す勇気を持てるのである。

ところが、長年にわたり“指示待ち”が奨励されてきた企業文化の中では、こうした心理的な土台が形成されにくい。特に日本型の年功序列や上意下達の文化が色濃く残る組織では、「余計なことはするな」「黙って従え」「良い案だ“検討しよう”」という無言の圧力が、暗黙のうちに個人の行動を縛っている場合がある。主体性が発揮されないのは、その人が怠惰だからでも、能力がないからでもない。組織として“そうさせてしまっている”のである。

では、どうすればこの状況を変えられるのか。

まず必要なのは、目的や意義を繰り返し共有することだ。「何のためにこの仕事をしているのか」「なぜ自分がこの役割を担っているのか」といった問いに対する答えが見えると、人は行動の理由を内側に持てるようになる。Gallupの調査でも、目的意識が明確な社員ほどエンゲージメントが高く、自発的な行動が生まれやすいことが示されている。
次に重要なのが、フィードバックと承認の質である。行動した結果だけを見るのではなく、「どう考えてその行動に至ったのか」というプロセスに注目し、そこを認めていく。そうした関わりの積み重ねが、自己効力感を育み、「動いてもいいんだ」という感覚を強化する。これは特に管理職に求められる視点である。
さらに、主体性を育てるうえで大切なのは、「いきなり全部を任せる」のではなく、少しずつ裁量の範囲を広げていくことだ。最初は小さな判断や決定から始め、うまくいった経験や「任せてもらえた」という実感を積み重ねることが、信頼と自己効力感の土台になる。

このプロセスは、アメリカの教育学者デイヴィッド・コルブによって提唱された「経験学習モデル(Experiential Learning Cycle)」にも通じている。コルブによれば、人は「経験する → 振り返る → 理解する → 試す」という4つのサイクルを通じて、行動や思考を深めていく。たとえば、新たな仕事を経験し、その結果を振り返ることで「何がよかったのか」「どこに課題があったのか」を整理し、そこから導かれた考え方を次の行動に活かしていく。こうした循環がうまく回ることで、学びが定着し、主体的な行動が自然と身についていくのである。
しかし多くの組織では、このサイクルの中でも「内省(振り返り)」の部分が十分に行われないまま、次の行動に移ってしまうケースが少なくない。ここを誤ると、次のプロセスである「理解する」の質は絶望的となる。特に見落とされがちなのが、経験の中で自分がどのような感情を抱いたのか、あるいはその場にいた他者はどんな感情でその場にいたのかといった、“感情の動き”に対する内省である。
たとえば、あるプロジェクトでうまく準備ができなかったときに、「自分の準備不足だった」とだけ結論づけて終わってしまうと、それは表面的な振り返りで内省にならない。もしそこで感情の動きを丁寧に内省できれば、より深い気づきが得られる可能性がある。
「自分が準備不足であることを理解しながら、“苛立ち”を感じ、焦りやプレッシャーが高まり、普通であれば決して口にしないはずの『完璧にできます』という言葉を発して、プロジェクトがスタートしてしまった」。
このように、自分の中に生じていた“苛立ち”という不快な感情を無視したり押し込めたりせず、きちんと向き合うことで、なぜ判断を誤ったのか、どんな選択肢が他にあったのか、といった洞察につながっていく。

人は感情の影響を受けながら意思決定をしている。にもかかわらず、その感情の存在に気づかないまま振り返っても、本質的な学びにはたどり着きにくい。経験をただの出来事として消化するのではなく、そこにあった自分と他者の感情の流れを言語化し、整理することで、行動の背景やそのときの判断の構造をより深く理解できるようになる。
内省とは、記憶をたどるだけの作業ではない。それは、「自分がなぜそう動いたのか」「何がそれを引き起こしたのか」といった感情と思考、行動の相互作用に目を向けることで、次の行動に確かな意味と方向性を与えるための重要な営みである。
内省を深めるためには、自分と他者の感情を言語化し、それをロジカルに整理できる環境や支援が必要である。上司や同僚との対話、あるいはフィードバックの場で、感情の表面上は分かりにくい人の心の微細な動き、物事の移り変わりを把握できれば、「なぜあのとき動けなかったのか」「どこで誤解が生じたのか」といった本質的な気づきが得られる。こうした感情知能に支えられた内省こそが、次の行動に意味と方向性をもたらし、主体性の根を育てていくのだ。

主体性を育むことは、単に目先の生産性を上げるための手段ではない。それは、組織が変化に強くなり、現場から改善の芽が生まれ、社員一人ひとりが仕事に意味を見出すようになるという「安定」と「成長」を両立するための鍵でもある。
人は本来、自分で考え、動ける存在である。主体性の欠如を感じている組織であれば、ぜひ役員、従業員のプライベートを覗いてみるといい、主体性が発揮されているはずだ。職場で、それを発揮するには、環境と関係性が整っていることが前提となる。もし今、職場で「もっと自分で動いてほしい」と感じる場面があるなら、その裏側にある“動けない理由”に、まずは目を向けてみてほしい。それこそが、組織を変える第一歩になるのだから。

参考
Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior. Springer.
Edmondson, A. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
Rozovsky, J. (2015). The five keys to a successful Google team. [re:Work].
諏訪康雄(2008)『人材マネジメントの再構築』ミネルヴァ書房
Hofstede, G. (2001). Culture’s Consequences. Sage Publications.
Gallup (2020). State of the Global Workplace: 2020 Report. Gallup Inc.
Bandura, A. (1997). Self-efficacy: The Exercise of Control. W.H. Freeman.
Kolb, D. A. (1984). Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development. Prentice Hall.
McKinsey & Company (2019). The organization blog: How to build a company where everyone is a changemaker.

改善可能な研修・セミナー



貴社の課題や構想に合わせたご提案が可能です。

お気軽にご相談ください。

今すぐお問い合わせ

関連記事

TOP